東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)224号 判決
一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
二 請求の原因四中認定判断の誤り第1点について判断する。
1(一) 当事者間に争いのない請求の原因二(本願発明の要旨)によれば、本願発明は、「放電ランプの閃光波形に時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路により、特定の信号を与える信号回路を設けて光信号として発射」することを、その構成要件に含むものである。
そして、成立について当事者間に争いのない甲第二号証(本願発明の特許出願公告公報)によれば、本願明細書中の発明の詳細な説明の欄に記載されている第一ないし第五の実施例の内、第二の実施例についての説明には、「第二の閃光中断回路」を設けたものであると明記され、第一の実施例のものには一個の「閃光中断回路」が設けられていることが示唆されていることが認められ、これらのこと及び用語それ自体の意味に照らせば、右「閃光中断又は閃光電圧印加回路」とは、「閃光中断回路又は閃光電圧印加回路」を意味するものであることは明らかである。
(二) 成立について当事者間に争いのない乙第六号証によれば、「閃光」とは、短時間だけ輝く光を意味するものと認められ、また、「中断」とは、続いて行われているものが途中で一時切れることを意味することは一般用語の意味として当裁判所に顕著であるから、「閃光中断回路」は継続している閃光を途中で一時遮断する回路と解することができる。
本願発明の、「放電ランプの閃光波形に……一個又は複数個の閃光中断……回路により、特定の信号を与える信号回路」との構成も、前記のような「閃光中断回路」の意味を前提とすれば、「既存の放電ランプの閃光波形に、一個又は複数個の、その閃光を途中で一時遮断する回路により、特定の信号を加える信号回路」と矛盾なく理解することができる。
(三) これに対し、「閃光電圧印加」は、単に閃光を発するための電圧を印加する、との意味と解することもできるから、「閃光電圧印加回路」は、それだけを取り上げれば、単独に閃光を発するための電圧を印加する回路と解することも可能である。
しかし、本願発明の特許請求の範囲には、「放電ランプの閃光波形に……一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路により、特定の信号を与える信号回路」と閃光中断回路と閃光電圧印加回路とがまとめて記載されていることに右(二)に判示したところを併せ考えれば、本願発明の、「放電ランプの閃光波形に……一個又は複数個の……閃光電圧印加回路により、特定の信号を与える信号回路」という構成は、「既存の放電ランプの閃光波形に一個又は複数個の更に閃光電圧を印加する回路により、特定の信号を加える信号回路」という意味と解釈することができ、それが最も妥当な解釈と認められる。
(四) 前記甲第二号証によれば、本願明細書中の発明の詳細な説明の欄には、閃光波形に特定の信号を与える信号回路の第一の例として、通常のストロボ放電回路に光を遮断する回路(これが特許請求の範囲の閃光中断回路にあたると解することができる。)を設けたもの、具体的には、通常のストロボ放電中に放電ランプに流れる電流を一時減少させる回路を設け、放電ランプの閃光を一時弱めて、閃光波形に信号を与えるものとしたもの(本判決別紙本願発明図面の第1図(イ)、(ロ)参照)、信号回路の第二の例として、第一の例のものに、時定数の異なる第二の閃光中断回路を設け、閃光波形に二つの閃光の弱まつたピーク(谷)が現れるようにしたもの(本判決別紙本願発明図面の第2図(イ)、(ロ)参照)、信号回路の第三の例として、通常のストロボ放電中に放電ランプに流れる電流を一時非常に減少させる回路を設け、放電ランプの閃光を一時完全に零にして、閃光波形に信号を与えるものとしたもの(本判決別紙本願発明図面の第3図(イ)、(ロ)、(ハ)参照)、信号回路の第四の例として、通常のストロボ放電回路を二つの放電用コンデンサ2a、2bを設けたものとし、その一方の放電用コンデンサ2bはサイリスタ16を介して電源に接続し、このサイリスタ16のゲートに抵抗17、コンデンサ18よりなるタイマ回路の出力を入れるようにしたもの、つまり、通常のストロボ放電回路に、放電用コンデンサ2b、サイリスタ16、抵抗17、コンデンサ18からなる閃光電圧印加回路を設け、放電用コンデンサ2aの放電後T5時間経過して放電用コンデンサ2bの電荷が放電し、閃光波形にピークを与え信号となるもの(本判決別紙本願発明図面の第4図(イ)、(ロ)参照)、信号回路の第五の例として、第四の例のものを、三つの放電用コンデンサ2a、2b、2cを設けたものとし、閃光電圧印加回路のコンデンサ2b、2cに接続したサイリスタ16、16aは、それぞれ第一のタイマ回路と第二のタイマ回路により、時間T5、T6において順次オンとなるようにし、主ピークに加えて二つのピークが与えられ、信号となるもの(本判決別紙本願発明図面の第5図(イ)、(ロ)参照)、がそれぞれ記載されていること、本願明細書の発明の詳細な説明の欄にはそれ以外の信号回路の例は記載されていないこと、が認められる。
これらの実施例は、いずれも通常のストロボ放電ランプの既存の閃光波形に一個又は複数個のその閃光を中断する回路又は閃光電圧を印加する回路により、特定の信号を加える信号回路である。
(五) 右(一)ないし(四)に判断したところを総合すれば、本願発明の、「放電ランプの閃光波形に時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路により特定の信号を与える信号回路」とは、「既存の放電ランプの閃光波形に、時定数の異なる一個又は複数個の、その閃光を途中で一時遮断する回路又は更に閃光電圧を印加する回路により、特定の信号を加える信号回路」と解するのが相当である。
即ち、右の「閃光中断又は閃光電圧印加回路」は、放電ランプの既存の閃光波形に対し特定の信号を加える役割を担うものであり、放電ランプの閃光そのものを発生させる役割を担うものではなく、これを、回路の面からみれば、本願発明の閃光中断回路、閃光電圧印加回路は、放電ランプの閃光を発生させるための回路とは区別されるものというべきである。
2 一方、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、第一引用例は、発明の名称を「光通信装置用信号発生回路」とする発明についての特開昭四九―五二五三号公開特許公報であり、同発明は発光半導体素子(発光ダイオード)を用いた光通信装置における信号発生回路に関するものであること及び第一引用例記載第2図(本判決第一引用例図面第2図)に記載された実施例のものは、
(一) 無安定マルチバイブレータにより、その主体である発振用トランジスタ6及び7の内の一方のトランジスタ6のコレクタ回路に接続された発光ダイオード17又は18を、トランジスタ6が導通状態である時間発光させ、遮断状態である時間発光させないようにしてパルス発光させ信号とするものであること、
(二) その無安定マルチバイブレータの発振周期は、無安定マルチバイブレータを構成する、コンデンサ13ないし16の内一個及びコンデンサ12並びに抵抗10、11の、コンデンサ(C)の値と抵抗(R)の値によつて定まるCR時定数によつて決定され、発光ダイオードのパルス発光の点滅の周期は右無安定マルチバイブレータの発振周期に一致すること、
(三) 右無安定マルチバイブレータの発振周期を決定するコンデンサの内コンデンサ13ないし16は、その中の一つをスイツチ19により発振用トランジスタ6のベースに選択的に接続することにより、トランジスタ6が導通状態である時間を変化させ、トランジスタ6が導通状態である間発光する発光ダイオード17又は18の発光時間を変化させ、特定の情報を持つた光信号を発生させること、
が認められる。
右認定の事実によれば、第一引用例に記載のものは、発光ダイオードの発光時間を変化させることにより、発光時間の長さの面で発光の波形を変え、特定の信号としているものであるということができる。
しかし、第一引用例記載のものにおいては、マルチバイブレータにより発光ダイオードが発光するものであり、このマルチバイブレータにおいては、発振周期を決定するコンデンサと抵抗は必須のものであるから、発光ダイオードの発光の波形に特定の信号を与える役割を担うコンデンサと抵抗からなる回路素子は、発光ダイオードに光を発生させる回路と一体をなすものである。
したがつて、第一引用例に記載のものには、光を発生させる回路とは区別される、発光ダイオードの発光の波形に特定の信号を与える役割を担う「閃光中断又は閃光電圧印加回路」に相当する回路は存在しない。
また、第一引用例記載のものにおいては、発光ダイオードを、トランジスタ6が導通状態である時間発光させ、遮断状態である時間発光させないようにしてパルス発光させることにより、はじめて閃光が発生するのであり、中断の対象となり、又は、更に閃光電圧を印加する対象となる閃光は存在しない。
3 被告は、本願発明の要旨における「放電ランプの閃光波形」とは本願発明の放電ランプから発射される閃光の波形をいうものと解釈するべきであり、また、閃光波形に特定の信号を与えるとは、本願発明の放電ランプから発射される閃光の波形に、閃光中断又は閃光電圧印加回路という閃光を変化させる手段により、特定の信号を意味する特徴を与えるということである旨主張する。
また、被告は、請求の原因に対する被告の認否及び反論二1の(三)の<1>ないし<5>の本願明細書の記載を根拠として、本願明細書に記載された「閃光波形」とは、本願発明の放電ランプから発射される閃光の波形に他ならないから、本願発明の要旨における「放電ランプの閃光波形」も本願発明の放電ランプから発射される閃光の波形をいうものと解釈するべきである旨主張する。
しかし、次の(一)ないし(三)の事実に照らせば、本願発明の要旨は前記1のように解釈すべきであり、被告主張のように解釈することはできない。
(一) 「放電ランプの閃光波形に時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路により、特定の信号を与える」という本願発明の構成中の「……に……を与える」という文言を、右被告主張のように解釈するのは比喩的表現であり、前記1のように解釈するのが文理上素直であることは明らかである。
(二) 「閃光」とは、短時間だけ輝く光を意味するものと認められ、また、「中断」とは、続いて行われているものが途中で一時切れることを意味することは前記1(二)のとおりであるから、本願発明において「閃光中断回路」によつて中断される対象は、中断の前から閃光即ち短時間だけ輝く光であることが前提とされている。この中断の対象となる閃光の閃光波形が、前記(一)の本願発明の構成中の「放電ランプの閃光波形」にあたるものである。
(三) 前記1(四)のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、前記1(五)の解釈に沿つた実施例の説明のみがされており、被告主張の解釈に沿う説明はない。
(四) 前記甲第二号証によれば、本願明細書には被告の主張する前記<1>ないし<5>の通りの記載があること及びそれらの箇所の「閃光波形」は本願発明の放電ランプから発射される閃光の波形をいうものであることが認められるけれども、前記甲第二号証によれば、右<1>ないし<5>の箇所の「閃光波形」が、通常のストロボ放電ランプの閃光波形に「一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路により、特定の信号」が与えられた結果の閃光波形であることが明らかに説明されていることが認められ、右<1>ないし<5>の記載があるからといつて、本願発明の要旨中の「閃光波形」を被告主張のように解釈することはできない。
4 被告は、第一引用例記載のものには、閃光波形を発生させる回路とは別の「時定数の異なる一個又は複数個の閃光電圧印加回路」及び閃光波形を発生させる回路とは別の「時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断回路」も記載されている旨主張する。
しかし、第一引用例に記載のものには、光を発生させる回路と区別される、発光ダイオードの発光の波形に特定の信号を与える役割を担う「閃光中断又は閃光電圧印加回路」に相当する回路は存在しないことは、前記2に判断したとおりであり、被告の主張は採用できない。
また、この点につき、被告は、本願発明の第3図の(イ)の実施例と第1引用例の第2図とは、発光源に直列に接続されたスイツチをオフするタイミングを回路の時定数によつて任意に設定し、これによりパルス光の幅、つまり、閃光波形を変えてこれを信号として発射する実施態様において全く同じであると主張する。
しかし、前記甲第二号証によれば、本願発明の第3図の実施例において、遮断用サイリスタ12が放電ランプ3と直列に接続されていたとしても、右遮断用サイリスタ12は、同図(イ)から明らかなように、放電ランプ3に閃光を発生させる回路に不可欠のものではなく、抵抗9a、9b、コンデンサ10からなるタイマ回路においてT3時間経過後放電されるオフ用コンデンサ12の電荷によりゲートに印加された負電圧によりオフとされるもので、閃光を発生させる回路とは区別される閃光中断回路の一部ということができるものであることが認められる。
したがつて、本願発明の第3図の(イ)の実施例は、第一引用例の第2図のもののように、光を発生させる回路と発光ダイオードの発光の波形に特定の信号を与える役割を担う回路とが一体をなすものではない。
したがつて、被告のこの点に関する主張も採用することはできない。
5 以上のとおりであるから、本件審決は、本願発明と第一引用例に記載のものを対比するにあたり、本願発明が、放電ランプの閃光波形に時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路により、特定の信号を与えるものであつて、放電ランプの閃光を発生させるための回路とは区別される放電ランプの閃光波形に対し特定の信号を加える役割を担う閃光中断回路又は閃光電圧印加回路を備えるものであるのに対し、第一引用例に記載のものには、特定の信号を与えられる対象となる閃光波形はなく、また、光を発生させる回路とは区別される、発光ダイオードの発光の波形に特定の信号を与える役割を担う「閃光中断又は閃光電圧印加回路」に相当する回路は存在しないという相違点を看過誤認し、右相違点について判断しないままに、本願発明は第一引用例ないし第三引用例に記載されたものと慣用技術に基づいて当業技術者が容易に発明をすることができたと判断した違法がある。
三 よつて、その主張する認定判断の誤り第1点について判断を誤つた違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求はその余の主張について判断するまでもなく理由があるからこれを認容することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
クセノン等の稀ガスを充填した放電ランプの閃光波形に時定数の異なる一個又は複数個の閃光中断又は閃光電圧印加回路により、特定の信号を与える信号回路を設けて光信号として発射し、この光信号を受けて作動する受令装置には上記特定信号を判別するデコーダ回路を設け、上記特定信号を受光したときのみ被操作装置を作動するようにした光遠隔制御装置。(本願発明の信号回路について本判決別紙本願発明図面参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙 本願発明図面(一)
<省略>
<省略>
別紙 本願発明図面(二)
<省略>
<省略>
<省略>
別紙 第一引用例図面
<省略>